最近のこと
過ち
いろいろあってプログラマの仕事をしているんですが、AI技術の発展で、ずいぶん間抜けな様子になってしまいました。 やることといえば、AIが必要な情報にアクセスできるように足回りを整えることと、やりたいことと欲しいものをできるだけはっきりと書いて、放置することぐらい。
もともと、自分のやりたいことをどうやってコードで表現するのか?ということに興味があって、それをずっと考えているとそれなりに仕事になるなら面白いもんだ、と思ってこの仕事を選んだんですが、見事に前提が破綻してしまいました。やりたかったことは、人間が考えることではなくなりました。
結果論ですが、完全に判断を間違えたようです。
うまくやれてはいるが…
別に僕の能力に問題があって仕事ができない、みたいなことはないのです。むしろ、うまくやれている方だと思います。 仕事はほとんど数十分から数時間の放置で完了します。その間に、ほかにできることを考える時間があります。その場のほかの人間はほとんど、このような効率的なAIの使い方などさっぱりできていません。 それに、作っているものがどうなっているとうれしいかとか、何を作って何を作らないかとか、そういう判断がまだ人間に必要なことであって、それがより高度な仕事であることもわかっています。
でも、僕にとって面白い要素が失われてしまった。僕は、ただ感覚を言葉に翻訳する作業を愛していた。エディタと交流する作業を愛していた。しかもその作業結果には答えが割と明確にあって、つまり見かけだけ高度に見える単純作業でした。 いや、まだ自分で考えることだってできます。でも、仕事で正当な理由がないことなどしません。この仕事においては、「自分で考える」ことは正当でなくなったのです。
創作活動
人生の中で、創作活動というものは、ずっと何かしらの形で傍にいました。僕はずっと何かを作っていました。最近もVRChat向けに新しいワールドを出したり、新しいアバター向けアクセサリを仕込んでいたりします。
なんでずっとこんなことをしているのか?生きていると時折、自分の中に強い爪痕を残すような何かに出会うことがあります。そういう時、その何かを産み出す機構が、自分の中に欲しくてたまらなくなるわけです。多分、物を自分のところに置いておきたいという欲求が強いんだと思います。形のあるものは壊れるかもしれないが、それを産み出す装置を手に入れてしまえば、それはより強力な所有物です。僕はそれとずっと向き合っていたくて、それが僕の人生のテーマになっているのだと思います。
こういった創作では、今まで何をやっても壁にぶち当たっていました。どのような分野でも同じように表れる壁です。制作物の中の空白を埋めるためのものが思いつかず、完成品がどこか味気ないのです。 例えば3Dモデルがなんかのっぺりしていたり、絵に不自然な空白が多かったり、ワールドに何もない領域が多すぎたり。 そこに何か情報を入れなければ、疎密のリズムが悪いと感覚ではわかっていても、そこに入るべきものを発想できない。 この悩みはずいぶん長い間僕の中に居座っていました。ぱっと見の出来はいい感じに見えても、どうしても空虚なものが出来上がる。
良い変化
最近、その壁を打ち破れるようになってきました。 変わったことといえば、自分の中のモデルに適度な外乱を与えてくれる友人ができたこと、そして、自分の中のモデルに、自分が追い求めているものを実現するための新たな点を増やす方法を理解したことです。
僕はずっと、僕が取り組んでいる制作物に対して、別の表現の選択肢を提案してくれるような人間関係をさっぱり持っていませんでした(一時的にそれがあったこともありましたが、コロナ禍で全て吹き飛びました)。ビジネス的な観点でのアドバイスをしてくれる人はいましたが、このことには関係がないです。最近、そういう話をしてくれる友人ができ、急に自分の制作がうまく進み始めました。
それから、僕はめったに世の中のものに目を向けない人間でした。いま見るに堪えないものを作り出していないことが奇跡に思えるぐらい、世間の人間がもつ共通のモデルをほとんど持ち合わせていません。 最近それがネックになっていることに気づいたので、世の中のいろいろなものを積極的にみるようになりました。制作物に現れる味気無さの発生源はここだったと、今はわかります。
作品を良く見せることについても、たとえばBOOTHに乗せる商品画像の見栄えがいいと、単純にそれの見栄えが良いことで自分のテンションが上がることに気づきました。 こういう他人からの見栄えをよくすることについて、元々はさっぱり興味がなかったので、やる気を見いだせたことはいい変化です。
まだ公開していませんが、直近で制作したアバターアクセサリーの出来は、いままで作っていた作品を全部過去のものにするぐらい良いと思っています。全く違うレベルのものができている。
なによりも素敵なのは、このような「何かを産み出すモデルとしての自分」が育っていくことの価値は、自分自身にとって(ひょっとしたら周囲の人間にとっても)単に人の役に立つ存在であるということよりもずっと強固なものであるということです。
今後のこと
とにかく時間が欲しいわけです。
今まで欠落していたインプットを補完して有り余る量の本や映像、ゲームなどの作品を読む必要があります。そして制作を続け、人に見せていくことで、その答え合わせができます。僕が出会った人々との協力や交流を通じて、さらに広くアイデアを伸ばすこともできるでしょう。 そもそもいわゆるアウトプット偏重で、手先の技術だけ異様に先行して上達しているので、このピースが埋まっていけば制作物の魅力が大きく伸びるのが目に見えていて、現に今起こっていることはそれだろうな、と。
このことを前に進めるには、全く時間が足りていません。今は限られた自分の時間の中であれこれやりくりして進めていますが、進みが遅く、ずっと歯がゆい思いをしています。正直、時期を逃したのでしょう。(こういうのは、本来は大学生の時期に育まれるべきものだと思う)
現実的な問題として、生活にお金が必要であることがかなりの障害になっています。制作するコンテンツからの収益をもってこの問題を解決するつもりでいますが、少なくとも軌道に乗るまでの間は問題になります。制作に使用しているツールにも、少額ながらお金がかかっています。先に述べたようなインプットにもお金がかかったり。
まあ、急いでいるのは僕のわがままかもしれません。 ただ、これから世の中が変化してしまって、作品の投稿で新規に収益を得るのが難しくなってしまうかもしれない。最近の情勢を見ていると、今の構造がそれほど安定しているとは思えない。でも今の時期ならまだ成立させられるし、先に「立場」を手に入れてしまえばその後の耐久力はずっとちがうものになるだろうな、とも思っています。ブランド。 あと、人生の時間は限られているので、単純に時間がもったいない。
そして今の仕事は、近いうちに消滅すると信じています。もはや本質的に何もしていないからです。そもそもプログラマとしては所詮素人に毛が生えた程度の、せいぜいちょっと筋が良かっただけの僕が生き残れる側だなんてさっぱり思わないし、生き残って幸せとも思えない。先がない場所で、人生の半分ぐらいをドブに捨てている。 この状況をなんらかの形で脱出できるとうれしいわけですが、まあ難しいよな…